13日の金曜美術館|アトリエ如瓶|ブログ・ヘッダ画像

このブログは、世の中の様々な「黙っていられん!!」ことを書くことを主旨としております。お客様や、お客様になるかも知れない方が読む可能性のあるブログではありますが、(書き手が勝手に決めたものながら)主旨を尊重し、常体文で記述して参ります。何卒お含みおきの上、お読みくださいますようお願いいたします。

各駅停車駅探訪1・沼袋編 4/4

麻婆ナス定食。撮影は、さすがに店の人の目が気になり、慌てていたのでひどい構図です。

……最近の私は、少々カロリーを摂り過ぎな上、野菜の摂取量が少ない事が気がかりだった。
サイドオーダーとしてサラダをとるでもなく、野菜をしっかり食べられるメニューといえば、中華の炒め物系が適当だ。
仕事を終えたときからそんなイメージを持っていた私は、先ほどの探索の時から、表に定食メニューを掲げてある中華屋さんに目を付けていた。
近隣にもトンカツ定食が700円の洋食屋さんなど、食のバランスを考えなくて良いときであれば、即決定して良さそうなお店もあったが、今日のところは中華だ。

中華屋さんの前で、改めて定食メニューに眼を通すと、野菜炒め定食が600円、麻婆豆腐定食が600円であるのを始めとして、高い方でも750円の定食がラインナップされている。色味のある野菜を摂りたかった私は、麻婆ナス定食650円と決め、のれんをくぐった。今の時期のナスは時季はずれだけど、まあ構うまい。

店内はというと、バッチリ……ありふれた中華屋の光景。
壁面には短冊型のメニューに、料理の名前が貼ってあり、それらは油煙だかタバコのヤニだかで黄ばんでいる。
カウンターが7~8席にテーブルが3卓。
天井近くに据え付けてあるTVではたまたまオシムジャパンの試合が流れていて、お客は私以外に二人……。
私は、求めていた店内の雰囲気にニンマリした。ハレではなくケ(特別な日ではなく、普通の平日の意)の夕食はこういうところで摂るに限る!
カウンターに席を取ると、お店のおばさんが注文を取りに来たので、「麻婆ナス定食」と即答し、更に店内を見回す。
壁面のメニューには、中華屋さんなのに親子丼やカツ丼などのメニューも目に付くという大らかさがまたいい。
白衣を着た店主さんらしき男性は、TV観戦しながら、何やら麺類を食べていて、食事中のようだ。

調理を終えたおばさんは、カウンターの上に、配膳は自分でやれとばかりに、ご飯と麻婆ナスとスープを面倒くさそうに載せる。こういうぶっきらぼうさもケの雰囲気を醸し出していて、また良し。
麻婆ナスというと、豆板醤が効いたカタクリ粉によるトロみのあるヤツを想像していたのだが、ここのはサラサラしていた……が、歯ごたえの残るナスの仕上がりや、挽肉ではなくコマか何かを使った豚肉の食べ応えも良し。野菜が多めであるためか、このテの中華屋さんにしてはサッパリとした味わいだった。
ただし、素晴らしく美味しい訳ではない。でも、この辺がケの食事では大事なところだ。値段なり……それだけでよいのだ。

食後の一服を終え、「ごちそうさま」と言って代金を払い、私は店を出た。
きっと、この街にある、昭和から続いているようなお店のどれもが、「値段なり」のサービスを提供し、地元の人たちに支持されているのだろう。
チェーン店ではなくても、店が長く続いていれば、客にとってそれは定番となり、リピーターを生む。
何かのTVで、著名な料理人が、「初めて来たところで、何か美味しいものを食べようと思ったとき、どんな店を選びますか?」と質問され、「なるだけ長く続いていそうな、古い感じの店かなあ」と答えていた。
長く店が続いているということは、その土地の人たちに支持されていると言う事であり、その店が土地の人たちを満足のいくサービスを提供していると言う事である。店の古さというのは、それを象徴していると言いたかったのだろう。
もともと私もそれには全く同感で、外食がほとんどの東京の暮らしの中で、そういう店を選んで食べてきたつもりなのだが、改めてそれを実感する食事となった。

一度来てチラッとみただけの判断は危険だが、地元を地元が支え、巨大資本による画一化された価値観の押しつけをとことん拒む街……そんな感じがした沼袋であった。
ただ、公衆トイレは……ねえ。

以上、東京……いや、西武新宿線以外の方に読ましてどうする……という感じのレポートでした。このシリーズ、あと何回か書いてみます。次はどこにしますかねえ……。

しかし……わずか1時間ちょっとくらいの事なんだから、もう少し短く書けないかねえ。

■西武新宿線・沼袋駅
■中野区
■高田馬場駅から8分・170円
■目立つもの:二階建て西友、氷川神社、平和の森公園

各駅停車駅探訪1・沼袋編 3/4

……そんな事を思いながら、大通りの方へと私は向かった。駅前の通りだけあって、200~300m位続いているかと思われる商店街になっている。ただ、こちらもチェーン店率はかなり低い印象だった。
平成10年以降の開業かと思われる店にしても、チェーン店ではなく、個人経営なりの意図でもって経営されている風情であった。
北海道へ行っても、地元鹿児島を見ても、全国展開しているチェーン店が目に付き、自分の住む東京とあまり違わないなぁと思う事が多かったのだが、ここはちょっと違う雰囲気だ。……東京なのに。

小料理屋、総菜屋、スーパー、ソバ屋、ラーメン屋……どれもが、少し色あせた看板をしょっていて、佇まいがどうにも昭和を感じさせる。
カウンターに高い椅子が並ぶバーなども、石原裕次郎や二谷英明が出てきそうな雰囲気……昭和も30~40年代の雰囲気がある。

通りとしてはメインであるためか、定食屋や中華屋の値段設定は都心部なみ。さっきのY字路あたりよりは少し高く感じる。
やはり、Y字路方面での食事にした方が良いかと思った私は、大通りの開けた雰囲気が終わるのを見極め、駅の方へ引き返した。
上の画像は、大通りから見える路地沿いの飲食店街。一番昭和な雰囲気を感じたので、写真に収めたが、何が写っているか良く分かりませんな。

一応、食事の前に、踏み切りの向こうも見ておこう。
一応……と書いたのは、踏切を渡る前からチェーン店の牛丼屋、ドラッグストア、大手のコンビニエンスストア……と軒を連ねているのが見え、私の求める雰囲気の飲食店が、先ほどの大通りよりも少ないだろうと思えたからであった。

ところが……。
夜の沼袋を煌々と照らす3軒を過ぎた先は、飲食店が2~3軒あるだけで、その先には暗がりが広がっていた。
すぐ先に大きな公園や神社があるためなのか、商店街はおろか、飲食店も連なっていないようだった。
まるで……どこにでも進出してくるチェーン店が、今まで開けていなかった踏切の向こう側に締め出されたみたいだ……と、私には思えた。

さて、これまでを振り返って考えても、やはり今夜の夕食はY字路の飲食店街のいずれかに決める方が良さそうだ。歩いたお陰で、さらにお腹が減ってきた。

正直な気持ちを書くと、行った事のない店に初めて入るのには勇気が要る。
そういう場合に、同じ値段、同じ味わいと、サービスの均一化を図って全国展開している飲食店に入るのは、どこか安心できるところもある。
ただ、そういう便利や安直さに毒されていては、自分の味覚や感性も画一化され、自分を見失う事に繋がっていくと思う。
自分らしさを守り、失わずにいるためには、こうした開拓は必要なのだと、私は思う。……ちょっと大袈裟か?

状況によっては、チェーン店に入る事もあるけれど、私としてはあの店のアレが食べたいというときにだけ入るようにしているつもりであり、チェーン店だから安心という考え方はしていないつもりである。

……などと、自分らしく理屈っぽく考えているうちに、Y字路の飲食店街前につく。

改めて公衆トイレを見ると、大振りなだけでなく建物自体も凝った作り方をしてあり、縦に波打った壁面のくぼみに、ベンチらしきものが据え付けてあったりもする。前衛的……いや合理的……。何とも形容しがたいが、あまりあそこに座る気にもなれないなぁ。
とにかく、お金はかかっていそうだ。

……と、観察はこれくらいにして、晩メシ……晩メシ……晩メシ……と、精神統一。

各駅停車駅探訪1・沼袋編 2/4

……見通しの良いY字路の方を見ると、飲食店街になっているのが分かる。いずれも色褪せ気味の看板で、チェーン店に付け入る隙を与えていない感じである。いや、チェーン店が割り込もうとしないのかも知れないが、どっちだかは分からない。

基本的に、仕事帰りに摂る食事が目当ての下車でもあるので、目に付くまま飲食店街の方へ足を向ける。
食事が出来るところを中心に見て回ると、中華屋、洋食屋、イタリアンなど、第一印象を裏切らないイメージの店々であり、都心部の同程度のお店よりは50円くらい安い印象だ。

それにしても……軒並み長い年数やっている風情の店ばかり。新しい方でも平成になってから開業したのではなさそうだ。平成ももう19年経つ。昭和は本当にもう遠い過去なのだ……。

これ以上見るべきものはないな……というところでクルリと振り返った私は、踏切のある大通りの方へUターンした。
夕食の候補は幾つもあったが、向こう側も見ておかなくては。

……と、踏切付近まで来たときに私は、異様な違和感にふと足を止めた。
Y字路を挟んで駅の出口の反対側に、大きめの公衆トイレがあるのだ。……かすかに、らしい臭いも漂うし、通りがかるときの角度によっては、用を足している男性の姿も目に入る。
ここは駅の出口を出て、飲食店街に行こうとすると必ず視界に入る場所であり、そこから10歩も行けば、もう飲食店があるのだ。そんな場所に、飲食のイメージが吹き飛ぶような存在があるのは、どうなのだろうか。
私の知る限り、西武線単独の駅には、駅舎のすぐ近くに公衆トイレのある駅が幾つかある。飲んで帰ってきた乗客が、あらぬ場所で用を足さないようにというサービスなのかもしれないが、他の所はもう少し設置場所に配慮がある。

だがここ沼袋は、他と比べても広いとは言えない駅前のスペースに、他よりも大きめではないかと思える公衆トイレがどん! とあるのだ。
出口を出た右へと続く飲食店街で食事を摂るには、ちょっとした精神統一が必要だ。
中野区が造ったのか、西武鉄道が造ったのか分からないが、この公衆トイレに関しては、サービスと言うより、配慮無き街作りを感じざるを得なかった。

(続く)